ヨーロッパの大学にはキャンパスがなく、
町中に大学の施設が点在している、という話は日本ではよく聞いた。
それがどういうことなのか、
伝統的な大学都市でもあるフライブルクを例に、具体的にみてみる。
フライブルク市の地図に、大学の建物を重ねてみた。
オレンジの部分が、全てフライブルク大学の施設である。

フライブルク大学(正式名称アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク)は、
1457年に創設された、ドイツでも最も古い部類の大学の一つである。
旧市街地に隣接する部分は、おそらく創設当時かそれに近い時代に、
大学の施設があった場所だと思われる。
一部は古い建物がそのまま残っている(もしくは戦後の復元)が、
コンクリートの四角い建物に囲まれたような場所もある。
戦災で空き地になった場所を、そのまま建設用地として利用したりしたのだろうか。
右の写真では、通りの左側にある建物が大学関連の施設。

そのコンクリートの建物が旧市街の通りに面している側の1階は、
書店が入居している(下左写真)。2階以上は大学の施設で、内側からしか入れない。
テナントの用途は、大学にふさわしいものに最初から指定されているのだろう。
裏側は、右の写真のように大学の中庭となっているが、普通の公園と同じで誰でも利用できる。

また、旧市街地の路地が、そのまま大学の建物のピロティにつながっているような場所もあり、
その路地は日本の学生街のように、ファーストフード店や飲み屋が建ち並んでいる。

また、最初の地図中の赤い線はDB(民営化されたドイツ国鉄)の線路で、
線路より左側は主に戦後になってから市街地化された区域である。
都市域の拡大とともに、市街地化されたエリアの中に、
大学の施設も次々と新設されていった様子が伺える。
下の写真は、自然科学系の学部/研究科が入るエリアの風景である。
敷地の周囲が門やフェンスで囲われたりしていない、という違いを除けば、
日本の大学のキャンパスと見た目は変わらない。

この下の写真は大学図書館(Universität Bibliothek)。

最初の地図を見ても分かるように、大学の図書館が、ぽつんと、
しかも音楽大学という別の大学の横に立地しているのが不思議だ。
それに、市民なら誰でも無料で利用できるので、学生に混じって年配の方が熱心に本を読んでいたりする。
やはり市民や学生の感覚では、町全体が大学のキャンパスということになるのだろう。
日本の大学で、キャンパス内を延々移動して図書館まで出かけて行くように、
離れたところにある図書館に、学生は誰も文句を言わずに出かけて行く。
それに都市側から見ると、大学の施設は普通の市立図書館等と同様、全て都市の共有財産なのだろう。
ところでフライブルクや、同じ州内のハイデルベルク、テュービンゲンなどは、
観光都市としても環境都市としても著名だが、どこも古くからの大学都市でもある。
大学都市には、まちづくりに欠かせない要素としてよく挙げられる”ヨソ者、ワカ者、バカ者”を
全て兼ね備えた「学生」という存在がたくさん住んでいるし、(注:学生がみんなバカという意味ではない)
またそれを導くことのできる、教授や研究者といった「知識人」も多く集まっている。
「学生」や「知識人」といった人的資産が、都市が抱える問題を解決するアイデアを提供したり、
新たな市民運動が起こるきっかけとなったりすることで、
都市運営にとって重要な役割を果たしているということだろう。
日本には大学町と呼ばれる所はいくつもあるが、例えば大阪では、石橋や関大前、長瀬など、
駅前に学生向けの店が並ぶ商店街がある程度で、大学が町に貢献しているのは経済面だけでしかない。
ドイツの大学都市の例のように、大学の存在が都市運営に貢献している事例が、
日本でも生まれればおもしろいのだが。
特定の大学の敷地や施設を市民に開放したりすると、「自治体と大学の癒着」とかいって批判されてしまいそうだ。
- ドイツの都市空間と文化
- | 2012/05/05(土) 01:15:21 更新
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街のランドマークになっている、フライブルク大聖堂(Freiburger Münster)。

どこで読んだか忘れてしまったが、
大聖堂の内部空間は、森林を模しているらしい。
そう言われると、大きな列柱が、枝を拡げた大樹のように見えてくる。
何十mもある大木を地上から見上げた時と同じような、
何か圧倒されるような、それでいて包み込まれているような感じを受ける。

元々ドイツ辺りに住んでいたゲルマン人は、森の民族だった。
狩猟、採集と小規模な農耕、牧畜で暮らしを営み、
神が宿る大樹を崇め、奥深い森は聖域だった。
ローマ帝国の領域に入ることもなく、独自の文化や生活を続けていたが、
キリスト教を受容し、普及したことで、従来のアニミズム的な文化は消えてしまった。
しかし、森が聖なる場所だったという記憶が、人々の心の深層には残っていて、
大聖堂を聖なる空間に仕立て上げるために、森の要素を取り入れたのだろう。
あるいは、無意識のうちに森のようになってしまったのか。
キリスト教徒でも何でもない筆者まで、厳粛な心持ちになってしまうのは、
森の中にいるような感覚を味わっているからかもしれない。
日本人も、森の民であった縄文人の記憶を残しているので、
鎮守の森に囲まれた神社の境内を、聖なる空間だと感じるのだろう。

大聖堂の空間も、列柱を本物の木に変えて、祭壇を拝殿だと思えば、
日本の神社の空間みたいに見えて、、、こないだろうか。右は東京の明治神宮。
もう一つ、かつてのゲルマン人の文化が残っていると言われるのが、オスターンという行事である。
英語でイースター(Easter)、ドイツ語でオスターン(Ostern)、日本語では復活祭。
4月頃の毎年違った時期の金曜〜月曜を、オスターンとして祝う。
去年は4月の終わりだったが、今年は4月の初め。
日を決める法則が何かあった気がするけど、ややこしいので忘れてしまった。
表向きはキリスト教の行事で、処刑されたイエスの復活を祝う祭りだ。
しかし、ウサギ型のチョコを食べたり、カラフルな卵を庭の木に吊るしたりするのは、
キリスト教とは何の関係もなく、かつてのゲルマン人の風習が残っているのだという。

卵もうさぎも、生命の再生、繁殖、豊穣のシンボルである。
長い冬が終わり、春が来ると、鳥もうさぎも繁殖をはじめて森が急ににぎやかになる。
気温が上がり、自然のエネルギーが復活していく様を、
昔のゲルマン人は見ていて、毎年それを祝っていたのだろう。
復活というキーワードが共通していたためか、
春の到来、自然の復活を祝う祭りと、イエスの復活を祝う祭りが、
いつの間に一緒になってしまったようだ。
日本には、世界宗教の中でも仏教という比較的温和な宗教が伝来したためか、
古代のアニミズムがほとんどそのまま、神道や各種行事として残っている。
ドイツをはじめ西ヨーロッパでは、古代の文化はキリスト教に上塗りされてしまったが、
根底には、同じようなアニミズム的な精神が存在しているのかもしれない。
- ドイツの都市空間と文化
- | 2012/04/16(月) 05:16:00 更新
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ドイツに戻って来たので更新再開!
こちらに来て思い出したことの一つは、野鳥が人間を怖がらないこと。
何気なく川沿いの道を歩いているだけで、偶然こんな写真が撮れてしまった。

また、こんなのも市内の緑地で撮影できてしまう。もっとも白鳥の親子の方は餌付けされていたそうだが。


庭に遊びに来る小鳥にしても、広場にいる鳩にしても、日本と比べると明らかに人間を怖がっていないように感じる。
これには、人間が鳥を捕まえて食べなくなってからの歴史の長さが関係しているのではないだろうか。
ドイツでは都市内の人間が鳥を襲わなくなってから150年は経っているだろうから、
鳥の方が学習して、人間をもはや天敵とは認識していない。
日本ではまだ50年ぐらいしか経っていないから、まだ恐る恐る人間と接触している段階。
という仮説はどうだろう。鳥が学習した内容が、世代間や集団内で伝達されるという前提がないと成り立たないが。
(そういえば、中国の都市では、未だに鳩を捕まえて食べているというのは本当なんだろうか。。。)
野鳥のような小動物の存在は、都市において自然の存在を意識する重要な要素だと思うので、
日本でも人間をはやく味方だと認識して、積極的に近寄って来てもらいたいものだ。
- ドイツの都市空間と文化
- | 2012/04/06(金) 06:20:45 更新
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宮城県の七ヶ浜町にあるボランティアセンター。


東松島市など周辺の地域は、もう復興がだいぶ済んだようで、
災害ボランティアセンターの閉鎖や再編が進んでいるが、
ここ七ヶ浜では、まだまだ本格的な作業が残っている。
この日の作業は、個人宅の敷地内の岩や泥の片付けだった。
作業場所付近の様子。
一番低い地盤の土地は、津波をもろに受けたのだろうか。
建物の上屋はなくなり、基礎だけになっている。


七ヶ浜には、地元の塩竈から、兵庫や福岡まで、日本中からボランティアが集まっていた。
テントを張って泊まり込みでボランティアをされている方も。
各地から集まった人が、一緒に作業するうちに、連帯意識が培われていく。
困難を乗り越えるため、日本は一つになれる。そう思った。
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営業を再開して間もない仙台空港。


写真には撮っていないが、
空港の周囲には、多くの残骸が放置されたままの荒れ地が広がっていた。
元々は水田が広がっていたのだろう。遠景には、歯抜けになった松並木。
この荒れ地を太陽光発電パネルで埋め尽くしたら、原発なんてすぐに要らなくなりそうだ。
などと妄想してみる。
- その他
- | 2011/08/26(金) 01:32:54 更新
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節電中の元町・中華街駅通路。
照明が片側づつしか点いていない。

でもこれぐらいの暗さの方が、高級感を演出できているようにも思える。
(有名建築家が設計した駅だから、いい材料を使っているせいもあるかも)
東北どころか首都圏ですら、何だかぴりぴりした空気を感じた。
関西はのんびりしてるな〜。
- その他
- | 2011/08/21(日) 21:20:48 更新
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